台湾で職人が消える——資格保持者の雇用義務と、いまも残る”名義貸し”の実情

台湾ビジネスのヒント

ここまでの3本の記事で、台湾のスタッフ探しの難しさ、求人プラットフォーム104の実務、そして雇う側の社会保険・勤務制度の負担について書いてきました。

このシリーズの最後に、少し角度の違う話を一つ残しておきたいと思います。インテリア・リフォーム・内装工事といった業界で避けて通れない、特定業種の有資格者を正社員で雇う義務、現場の職人の空洞化、そしてそれらの背景として台湾に根強く残る“名義貸し”文化についてです。混同しやすい論点が重なっているので、整理しながら書いていきます。

特定業種では、資格保持者を正社員で雇わないと事業にならない

台湾では、業種によっては事業の登記や営業の継続そのものに、特定の有資格者の雇用が条件になっているケースがあります。これは1業種に限った話ではなく、複数の業界で広く見られる仕組みで、現場の品質や責任の所在を担保しようとする意図があるようです。

いくつか具体例を挙げると、以下のようなものがあります。

  • インテリア・リフォーム系:室內裝修工程管理(資格コード E801060)という国家資格を持つ人を会社として雇用していないと、室内装修関連の工事を正式に請け負えません(設計系・施工系で資格の種類が別)
  • 不動産仲介業:不動産経紀業として開業するには、不動産経紀人員(経紀人・経紀営業員)の有資格者の雇用が必要になっています
  • 旅行業:旅行社とその各支店には、少なくとも1人の旅行業経理人(経営責任者)を専任で置かなければなりません(他の旅行社との兼任や、自営での旅行業務従事はNG)
  • 銀行・金融機関:窓口・コンサル系の職員は、入社後の試用期間内に信託業務員・保険業務員などの各種金融証照の取得が義務付けられていて、取れないと解雇対象にもなり得る、という運用になっているようです

いずれの業種でも共通しているのは、資格を持つ人を会社として正式に抱えていないと、事業そのものが成立しない、という点です。日本の建設業の専任技術者制度に近い発想のものが、より広い業種に適用されているイメージになります。

有資格者そのものは、むしろ需要が強い市場

こうした有資格者側は、需要に押される形で、資格取得のインセンティブがむしろ強く働く市場になっているように見えます。

理由は分かりやすくて、資格を取るとメリットがかなり明確なためです。

  • 良い条件で雇ってもらえる可能性が高くなる(事業立ち上げに必須の人材なので、売り手市場になりやすい)
  • 後述する”名義貸し”ができれば、本業として現場で働かなくても副収入が得られる可能性もある

このため、資格取得を目指す人のモチベーションは根強く残っている印象で、有資格者側の供給は、少なくとも現時点ではある程度確保されているように見えます。

不足が深刻なのは「現場の職人」

一方で、現場で深刻なのは、資格保有者ではなく、実際に手を動かす”職人”の数が足りていない、という問題です。

リフォーム・内装工事を例に取ると、台湾全土には1万以上のデザイン事務所があると言われています。これらの事務所が顧客から案件を受注した後、実際に施工する職人の手配が必要になるのですが、この”作り手”の供給が、受注側の数に対して圧倒的に足りていない、というのが現場感です。

日本でも建設・内装業界で若者の肉体労働離れがよく話題になりますが、台湾でも同じ現象が起きています。

  • 若者が肉体労働系の仕事に入りたがらない:ギグワーク・配達・SNS・サービス業など、より時間自由度の高い仕事に流れる構造は、先に書いた飲食業の空洞化と同じ理屈です
  • 現役の職人は年配層が中心で、数年で引退レベルの方が多い:技能承継のタイムラインが明らかに逼迫しています

そして、年配の職人側にもなかなか扱いの難しい部分があります。長年現場でやってきた方は我が強く、工程管理側のコントロールが効きにくい、間違いがあっても認めない、結果として工期に影響するような場面もある、という話は実際によく聞きます。そこで一部の工程管理会社では、年配の職人を敢えて抱えず、技能はまだ劣っていても若手を採用して育てる方針に切り替えているところも出てきています。短期の工期では苦しいが、長期で見れば持続可能、という判断なのだと思います。

資格保有者と職人は、「業界内の人材」というくくりでは同じですが、不足しているレイヤーが全く違う、という点はしっかり分けて考える必要があります。

根強く残る”名義貸し”文化——少なくとも十数年以上前から

さて、ここから有資格者側の話に戻ります。

特定業種で有資格者の雇用が必須という制度があり、かつ事業を立ち上げたい事業者が多い一方で、「有資格者を正社員で抱える」のは給与+約3割の社会保険負担も含めて重いコストになります。そこで台湾の業界で長年行われてきたのが、”名義貸し“(台湾では「掛照/かけじょう」とも呼ばれます)と言われる慣行です。

仕組みはシンプルで、有資格者本人は会社の正社員にはならず、資格の名義だけを会社に貸し出し、その対価として毎月レンタル料のような形で金銭を受け取る、というものです。会社側は、形式上は「有資格者を雇用している」として登記や受注の要件を満たし、本人側は本業を別に持ちながら副収入を得る、という構造になります。

これは台湾の法令上はもちろん認められていないのですが、業界慣行としてはかなり古くから広く行われてきました。少なくとも、筆者が台湾で仕事をし始めた十数年前の時点で、既に当たり前のように存在していましたので、実際にはもっと前から業界に根付いている慣行だと思われます。

SNSで今も見かける”名義貸し”の持ちかけ

面白いのは、こうした名義貸しのやり取りが、今もFacebookなどのSNS上で部分的に表に出ている、という点です。

たとえば、「◯◯の資格を取りました」というような投稿に対して、コメントやメッセージで名義貸しを持ちかける人がいます。表現の仕方はさまざまで、

  • 明確に「名義を貸してくれるなら月◯元」と書いている人
  • 「月◯元で」とだけ書いて、それが給与なのか名義のレンタル料なのかを意図的にぼかしている人

といったパターンがあります。金額はあくまで目安として、たとえば月5万元前後、というような数字が持ちかけ側から提示される場面もあるようです(筆者がFacebookで見かけた範囲での話です)。

もちろん、ぼかした表現で持ちかけているケースを「名義貸し」と断定するのは難しい部分もあります。ただ、「資格取得者に対して、相場感のある金額で、何らかの形で名義を使わせてほしい」というニーズが、業界内に今も確実に存在している、ということは見て取れます。

取り締まりは厳しくなっているが、ゼロにはなっていない

一方で、台湾政府側も黙って見ているわけではなく、近年は取り締まりがかなり厳しくなっています。

ポイントとしては、何か問題が生じた際には、登録されている資格保持者が実際に現場に行かなければならない、という運用になっている点です。つまり、名義だけ借りて実務に関わっていない有資格者だと、何かあった時に対応ができず、不正が発覚するリスクが高まる、という設計です。制度としては、本来の意図通り「有資格者を正社員で雇用し、現場にも立たせる」という運用に戻そうとしているわけです。

ただし、ここでも制度と現場の間にはギャップがあって、政府側も100%管理しきれているわけではないのが実情で、業界内では依然として非合法な形で名義貸しを続けている事業者も残っている、というのが現場感としての認識になります。

雇う側から見た、二重の難しさ

これを雇う側(特に外国企業や新規参入者)の視点でまとめ直すと、以下のような二重の難しさが見えてきます。

  • 【資格レイヤー】特定業種では、有資格者の正社員雇用が事業の前提になるが、正規に雇えば給与の約130%の人件費が丸ごと乗る。回避策としての名義貸しは非合法で、取り締まりリスクも年々上がっている
  • 【現場レイヤー】そもそも実際に手を動かす職人の供給が、受注側の数に対して明らかに足りておらず、若手の育成にもリードタイムがかかる

資格の問題は「お金とリスクで調整する余地」がある程度ありますが、職人の問題は「お金を積んでも解決しづらい」領域になってきています。これから台湾でインテリア・リフォーム・内装系の事業を立ち上げる場合には、資格保有者の確保と、現場の職人ネットワークの構築を、別々の課題として並行して進める必要がある、というのが率直な感想です。

シリーズのまとめ——「台湾で人を雇う」は、以前とまったく違う風景になっている

4本の記事を通して書いてきた内容を、改めて並べてみます。

  • スタッフ探しそのものが難しくなっている:LINEグループなど従来の経路の限界、SNSが意外に機能する場面(#101)
  • 求人プラットフォーム104も敷居が上がっている:統一編号を持つ台湾法人前提、短期プラン消失、2026年9月からの審査厳格化(#102)
  • 雇う側のコストと制度上の制約が重い:給与の約130%の人件費、日本式ルールが通らない休日制度の縛り(#103)
  • 特定業種では、資格保有者の雇用義務と、現場職人の空洞化という二重構造が存在する(今回)

全体として言えるのは、「台湾なら人がすぐ集まる・柔軟に運用できる」というかつてのイメージが、どの切り口から見ても既に成立しなくなっている、ということです。

ビジネスを台湾で立ち上げる、あるいは拡張する際には、採用計画・人件費・制度・業界慣行の全てを、今の現実を前提に組み立て直す必要があります。かつての感覚のまま突っ込むと、どこかで必ず詰まります。

このシリーズが、これから台湾でビジネスを立ち上げたい方、あるいは既に動いていてスタッフ採用に悩んでいる方の、現実感覚のアップデートの一助になれば幸いです。

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