台湾で人を雇う側の負担——社会保険の全体像と、日本式勤務ルールとの折衷

台湾ビジネスのヒント

ここまでの2本の記事で、台湾のスタッフ探しが以前より難しくなっている話と、求人プラットフォーム104の実務について書いてきました。

今回はもう一歩踏み込んで、実際に人を雇う側(企業・事業主)にかかる負担について、全体像をまとめておきたいと思います。給与以外にどれくらいのコストが乗るのか、そして日本的な勤務ルールをそのまま持ち込めない部分について、現場でクライアントと一緒に整理した内容をベースに書いていきます。

台湾の社会保険、ざっくり4本柱+α

台湾で正社員を雇う場合、雇用側が加入義務を負う社会保険は、大きく分けて次のような構成になっています。

  • 労働者保険(労保):日本でいう労災保険+年金保険のような位置づけ
  • 就業保険(就保):失業・育児休業手当などをカバーする、日本の雇用保険に近い制度
  • 国民健康保険(健保):全民健康保険。日本の健康保険と同様の位置づけ
  • 労働者退職金(労退):企業が従業員の退職金口座に毎月積み立てる制度、企業負担率は給与の6%
  • 職業災害保険(職災保険):従来の労保の中に含まれていた労災部分が、近年独立した保険として整備された。業種によって料率が変わる(全額雇用主負担)

このうち、特に意識しておきたいのは職業災害保険です。以前は労保の中に含まれていたのですが、近年の制度改定で独立した枠組みに整理され、業種別に料率が設定されるようになりました。全額が雇用主負担のため、雇う側のコスト構造にじわっと効いてきます。

給料の約3割が追加コストとして乗る

抽象的な話だと感覚が掴みにくいので、クライアント案件で実際に試算した具体例を一つ共有します。

ある案件で、イベントのアルバイトを12人、1か月雇うという前提で全体コストを計算したことがあります。給与の総額が約166,060元(台湾ドル)。そこに雇用主側の社会保険負担として、以下のような金額が上乗せになりました。

  • 労保+就業保険:約18,200元
  • 健保:約17,100元
  • 労退(給与の6%):約10,500元
  • 職災保険:約670元
  • 雇用主負担の合計:約46,500元

結果として、総人件費は給与166,060元+雇用側負担46,500元=約212,500元になります。給料に対して約3割弱の金額が、保険関連のコストとして追加で乗る計算です。シモ(筆者)自身、計算してみて、思っていた以上の重さだと感じたのが正直なところでした。

注意点としては、健保(国民健康保険)の負担部分は、本人が別の勤め先で既に健保に加入している場合には、二重加入にならないので、その分の雇用側負担は減ります。アルバイトの場合は本業が別にあって、副業でイベント手伝い、というケースが多いので、現実のコストは試算より下がる傾向があります。

ただし、正社員として雇う場合はそうはいきません。健保は本業側でフルに加入になるため、上に挙げた負担がほぼそのまま乗ってきます。「正社員1人を雇うコスト=給与の約130%」というのは、ざっくりとした目安として覚えておいて損はないと思います。

アルバイト・短期スタッフでも加入義務がある

もう一つ、日本の感覚だと見落としがちな点として、台湾ではアルバイト・短期スタッフでも社会保険の加入義務がある、という原則があります。

日本では「学生アルバイトなら社会保険の対象外」「週20時間未満なら加入不要」といった運用の余地がありますが、台湾の労働者保険・国民健康保険・労働者退職金は、原則として「雇用関係がある」時点で加入義務が発生する設計です。短期プロジェクトのために1〜2週間だけ人を雇う場合でも、形式的には保険加入(投保)の手続きを踏む必要がある、ということになります。

実務上は、プロジェクト期間に合わせて加入・脱退の手続きを行う形になるのですが、この手続きコストと、短期間でも乗ってくる保険料負担の両方を考えると、「気軽に短期スタッフを雇う」というやり方自体のハードルが上がってきている、というのが実感です。

日本式の勤務ルールが通らない部分——「休日出勤はすべて代休」の限界

ここからは、保険とは別軸の話として、日本式の勤務ルールをそのまま台湾に持ち込めない部分について触れておきたいと思います。

サービス業などで、顧客からの急な連絡で土日・祝日の対応が発生し得る業種では、日本では「休日出勤分はまとめて代休で処理する」「忙しい時期は土日出勤でカバーして閑散期に休む」といった運用が一般的だと思います。

しかし、台湾の労働基準法の下では、同じ考え方がそのままは通りません。台湾では、休日の種類が制度上4つに区分されていて、それぞれで扱いが違います。

  • 正常勤務時間(正常工時):原則1日8時間、週40時間以内
  • 法定休日(例假/れいか):原則として出勤させられない休日。天災・事変などの法定例外を除き、本人が同意しても通常の業務都合では出勤させられない
  • 休息日:休日だが、必要な場合には法定ルールに従って勤務させることが可能。勤務すれば休息日勤務として記録・処理する
  • 国定休日:日本でいう祝日。出勤や他の勤務日への振替には法令上の処理と本人の同意が必要

そして一般的な勤務制度では、7日ごとに1日の法定休日+1日の休息日を確保しなければならず、連続勤務は6日を超えてはならない、というルールがあります。法定休日・休息日が必ず土日である必要はありませんが、「法定休日の日に顧客対応で出勤させる」という運用は、基本的にできません。

折衷案のかたち——「排休」と「休日出勤記録」を分けて設計する

ここが実務で頭を悩ませたポイントで、クライアントとの打ち合わせの中で、以下のような形で整理していきました。

  1. 事前に土日の勤務が分かっている場合:勤務カレンダーを作る段階で、「土曜勤務・平日休み」のような休日の事前振替(排休)を本人と協議して行う。これなら、土曜に働いても平日に休むので、法令上の「連続勤務6日」や「週1日の法定休日」の原則に抵触しない
  2. 休日確定後に急遽、土曜対応が入った場合:その土曜が休息日として確定しているなら、休息日勤務として記録・処理し、割増賃金または代休で対応する(日本的な「後日休ませるからOK」で済ませない)
  3. 本人が代休を希望する場合:休息日勤務後に労働者が代休(補休)を選択し、会社と合意すれば、実労働時間に応じて代休にできる(ただし会社が一方的に代休扱いにすることはできない)
  4. 法定休日に顧客対応が入った場合:原則は「本日は休日のため対応できません」と断る。法定休日の勤務を常態化させないことが重要
  5. 休日のLINE・電話対応:休日は原則としてLINE・メールへの返信義務を負わせない。緊急時の連絡経路と承認者を事前に決めておく。実務対応した場合は、開始・終了時刻と業務内容を記録する

この折衷案で大事なのは、契約書に「休日出勤はすべて代休」と書いて法定の権利を排除しようとしないことです。それは台湾の労基法上は無効で、トラブルになったときに企業側が守られません。合法的な運用ルールを事前に説明し、必要な合意・記録を残していく、という形が、現実的な落としどころになります。

まとめ——「雇う側のコスト」は給与の3割増から始まる

ここまでをまとめると、台湾で人を雇う場合、以下の2軸で負担を見積もる必要があります。

  • 金銭的な負担:給与+約3割の社会保険関連コスト(アルバイトでも加入義務、職災保険は全額会社負担)
  • 運用上の制約:日本式の「休日出勤=代休」はそのまま通らない。法定休日・休息日・国定休日の区別を踏まえた勤務設計が必要

台湾でビジネスを立ち上げる際、「人件費が給与の数字だけで決まる」という前提で収支を組んでしまうと、後からコストと運用の両面で想定外が出てきます。採用計画を立てる段階で、給与の130%程度を人件費の目安として置くこと、そして休日運用のルールを事前に整えておくことが、スムーズに回していくための初期投資になるのだと感じています。

次回で、このシリーズの最後として、少し角度を変えた話——特定業種で有資格者の雇用が義務付けられていることと、台湾に根強く残る”名義貸し”の実情について、職人系の人材空洞化の現場感も含めてまとめたいと思います。

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