以前、「台湾ビジネスは『人が辞める前提』で動いている」という記事を書きました。今回はその実践版——「辞める前提」で組織をどう組むか、実務で見てきた設計ポイントを4つに整理します。
なぜ日本のやり方だと詰まるのか
日本も最近は終身雇用が絶対ではなくなってきています。ただ、それでも組織設計の発想としては「長期継続・じっくり育成」寄りが根強い——と感じます。この前提のまま台湾に持ち込むと、多くの場合で詰まります。
台湾では、優秀な社員・長期勤続の社員でも、キャリアアップの留学や転職で辞めるケースが普通にあります。逆に、待遇が良ければ10年、20年勤める社員もいるので、人によりけり——というのが正直なところです。
もう一つ、日本の前提と違うのが辞めるまでの早さです。合わないと感じた人は、1ヶ月・3ヶ月といった短期間でも辞めます。試用期間を設けて、会社側も雇用される側も「合うか合わないか」を判断するという設計は、台湾では特に重要です。
継続前提の発想で組んだ組織は、この現実に耐えられずに崩れます。以前、実際に見たケースをお話しします。
日本本社の台湾拠点で、代表者は日本にいて、現地には取りまとめ役1人+アシスタント数人という体制の会社がありました。その取りまとめ役が辞めた瞬間、日本本社は現地情報が全く得られない状態になりました。その方が唯一の日本語話者だったからです。他のスタッフは中国語のみ。当時はGoogle翻訳の精度も低く、コロナ禍で渡航制限もかかり、状況が全く見えなくなってしまいました。
「一人依存」がどれほど脆いか——このケースは象徴的です。「辞める前提」で組織を組むというのは、こういう事態を避けるための設計です。
「辞める前提」で設計する4つのポイント
ポイント1:属人化を避ける仕組み
まず必須なのが、業務の属人化を避ける仕組みです。
各取引先ごとに「こういう特徴がある」「請求書はここに注意」といった情報がまとまっていないと、後任は処理を間違えたり、無駄な手間をかけたりします。台湾では、しっかり引き継いで辞めるケースが多いとは限りません。衝動的に辞める人もいるので、引き継ぎが不透明になる可能性は常にある、と考えておくべきです。
理想は複数人体制ですが、人件費との兼ね合いで難しい場合もあります。そこまでコストをかけられないなら、情報共有できる環境を整えることが最優先です。共有ドキュメント、社内マニュアル、業務メモの積み上げ——「誰が読んでも一定水準で処理できる」状態を作るのが基本です。
最近だと、AIエージェントを使って会社の共有知見をパソコンに蓄積する方法も有効です。過去のやり取り、取引先の癖、判断の履歴——こうしたものを検索できる状態にしておくと、辞めた人の頭の中に眠っていた情報を、組織として持ち続けられます。
ポイント2:キーパーソンを引き留める「独自の待遇」
そもそも辞めさせない、というのも一つの戦略です。給与・昇給・ボーナスの仕組みを整えるのは基本ですが、それだけでは差別化になりません。
私が実際に見てきた「引き留めが上手い会社」は、その会社ならではの独自の待遇を用意しています。
- 月に1回、いくらまで、といった条件で外食代を会社負担(リサーチ目的なら経費計上できる)
- 年に何回か、旅行費用を会社が負担
- Apple製品など特定ブランドのスマホやPCを買うなら、いくら補助
- オフィスを持たず、家でどこでも仕事できる環境(ただし連絡がつく前提)
これらは金額の大小以上に、「この会社ならでは」というエンゲージメントを生みます。多くの人が気にするのはやはり昇給・ボーナスですが、そこに加えて独自の待遇があると、他社への転職を考えるハードルが上がります。
ポイント3:引き継ぎを「日常業務化」する
辞めるタイミングになってから慌てて引き継ぎ資料を作ろうとしても、間に合わないことが多いです。引き継ぎは日常業務の中で常に更新しておく——これが理想です。
その上で、辞めることが決まったら、可能な限り引き継ぎ期間を設けるのがベストです。マニュアル化できない、あるいはマニュアル化するに値しないけれど、「このポイントは気を付けた方が良い」という小さいノウハウは、対面で教えないと伝わりません。
私自身、以前勤めていた会社を辞める時に、こういう提案をしました。「給料を半分にする代わりに、出勤日数も半分にしてほしい」。曜日はランダムで、事前に伝える形。約半年間、こういう変則的な勤務をしながら、後任にノウハウを教えていきました。緊急の質問は直接連絡、緊急でなければメモしてもらって次の出勤日に答える——という運用です。
こういう「段階的な引き継ぎ」は、双方にとってメリットが大きいです。辞める側は最後まで貢献できる、残る側はノウハウを吸収する時間が取れる。無理なくやれる範囲で設計する価値があります。
ポイント4:日本本社との橋渡しに駐在者を置く
現地拠点で何かトラブルが起きた時、現地流のやり方で解決すべきか、本社の判断を仰ぐべきか、判断が分かれる場面があります。現地流で解決した方が早いこともあれば、会社の信用やブランド価値を守るために本社の判断が必要な場面もある——ここは経営判断の領域です。
だからこそ、本社から派遣された駐在者がいる方がスムーズに進みます。現地の状況を本社に正しく伝え、本社の判断を現地に落とし込む——この橋渡し役が不可欠です。
ある程度の規模の会社では、役職の高い駐在者が任期制で常駐するパターンもあれば、長期でずっといる駐在者がいるケースもあります。最低1人、多くて2〜3人。1人は長期固定で、残りを何年かに1回入れ替える——こういう構成の企業もあります。
現地スタッフが辞めても、駐在者がいれば本社との連絡が途絶えない。この設計があるかどうかは、拠点の安定性に直結します。
まとめ——「継続前提」から「循環前提」へ
台湾で組織を組むときの発想は、「継続前提」ではなく「循環前提」に切り替える必要があります。日本でも終身雇用は薄れつつありますが、それでも組織設計の基本発想は継続前提寄り。台湾はそれ以上に人の流動が前提になっている——この差を意識する必要があります。
- 属人化を避ける仕組み(情報共有・AI活用)で、辞めても業務が止まらないようにする
- キーパーソンを引き留める独自の待遇(金銭以外の工夫)で、そもそも辞めさせない設計
- 引き継ぎを日常業務化+期間を設けるで、辞める時のダメージを最小化
- 駐在者を橋渡し役に置くで、本社との連絡が途絶えない構造を作る
日本流の発想で「継続する組織」を組もうとすると、循環する現実とズレて詰まります。「人が辞める前提」を組織設計の起点にする——この発想の切り替えが、台湾での組織運営には効いてきます。

