円安、日本市場の厳しさ——いろいろな要因で「台湾へ進出したい」という日本の経営者は増えています。それ自体は選択肢が広がって良いことです。
ただ、10年台湾で実務に立ち会っている立場から言うと、全ての日本企業が進出すべきかというと、そうでもない、というのが正直な実感です。
コンサル系の情報は「進出する前提」で書かれるものがほとんどですが、実務でお客様の相談を受けていると、「これは進出しない方がいい」と感じるケースが確実にあります。今回は、その判断軸と、進出しない選択肢を整理します。
「進出しない方がいい」3つのパターン
実務で「これは進出は勧めない」と感じるパターンが、大きく3つあります。
パターン1:代表者が現地に長くいられない
一人会社で、代表者本人が現地に長時間滞在できない場合、進出は避けた方が良いです。理由はシンプルで、本人がいない時間は事業が回らないからです。
「現地社員を雇えば良いのでは」と思われるかもしれませんが、社員だけに丸投げすると、コントロールが極めて難しくなります。日本本社と現地の間を取り持つ人(駐在者)がいない構造では、意思疎通も判断も遅れます。この橋渡し役が確保できないなら、進出は避けるべきです。
パターン2:個人では難しいことを法人という器でやろうとする
「個人だとハードルが高いから、法人を作ればできるはず」——この発想で進出を考えるケースがあります。例えば貴金属の貿易など、個人でやろうとすると制限が厳しい業種です。
ただ、実務で見ていると、この期待通りにいかないことがよくあります。代表者本人がARC(居留証)を持たない外国人であれば、法人でも個人でも制限は大きく変わらないというのが実際のところです。加えて最近は法人設立自体が厳しくなっていて、銀行もマネロン対策で貴金属の取り扱いに慎重です。法人設立自体は進んでも銀行口座が開けなかったり、法人名義であっても代表者がARCを持たなければ、結局条件は個人と大きく変わらない、というケースがあります。
「法人を作ればハードルを越えられる」という前提そのものを一度疑う必要があります。
パターン3:台湾リソースを頼るサービス業で、管理コストを負えない
例えば施工業のように、下請けを使って回すサービス業は、台湾では管理が難しくなりがちです。文化や風習が違うため、日本の管理手法がそのまま適用できないからです。
大きなリソース(管理体制、現地スタッフ、専任担当者)を割ければ回せますが、リソースが割けないと厳しい業種になります。日本の管理ノウハウが直接転用しにくい業態は、進出後の運営で消耗する可能性が高いです。
「進出しない」でも台湾ビジネスはできる
「じゃあ、台湾を諦めるしかないのか」というと、そうではありません。進出しなくてもできることが、実は結構あります。
- 越境EC:Shopeeなど台湾のECモールに出品して、テスト販売を先にやる(→ 『小さく始める』が大切な理由)
- 現地代理店・パートナー:代理店契約を結んで販売を任せる
- SNSマーケティング:Facebook、Instagram で認知を作り、反応を見る
- 出張ベースで取引先開拓:法人を作らず、出張して取引先を作り、必要になった段階で法人化する
いずれも、法人設立の負荷を先送りにして、まず「試す」を優先するアプローチです。負荷の低い方法で「本当に台湾でいけるのか」を確認してから、必要になったら本格進出に移行する——この順序の方が、圧倒的にリスクが低いです。
(補足)個人事業主のまま台湾で法人を作ろうとする場合、銀行口座の開設が最大の壁になります。日本の3大メガバンク(みずほ・三菱UFJ・三井住友)に口座があれば、台湾でも開設できる可能性はあります。ただし、個人事業主のままだと、日本での事業実態を証明したり、台湾でやろうとしていることとの関連性を説明したりする段階で難しくなります(法人であれば「日本の事業との関連性」で認められるケースもありますが、個人だと厳しい)。個人のまま台湾に進出するのは、基本的にかなりハードルが高いと考えておいた方が現実的です。
分かれ目——「進出する前に問うべきこと」
実務で、進出して失敗した企業と、進出前に立ち止まった企業を比較すると、判断の分かれ目がはっきりします。
失敗した例:自社で開発した暗号資産を、縁故紹介という形で台湾にいる日本人やその周囲の人に広めようとした企業がありました。暗号資産が普及し始めた時期のことで、新しいものが好きな人は興味を示してはいたものの、多くの人はまだ投機的なものとして疑いの目を向けていた頃です。事業自体は立ち上がったものの、想定していたスピードでは広まらず、コストが大きくかさむ一方で期待していた成果は得られず、最終的には撤退することになりました。
進出を見送った例:ある飲食店経営者は台湾出店を考えていましたが、市場ニーズにマッチしていないことや、台湾のコストが思った以上に高かったことから、進出を辞めました。
この2つの違いは、事前に市場ニーズをチェックしたかどうか、そして商品の認知度・浸透可能性を考えたかどうか、この2点です。
「進出できるか」を先に考えると、勢いのまま進めてしまいます。「進出すべきか」を先に問えば、市場と自社の商品を冷静に検証するステップが挟まります。
「進出しない」判断ができる経営者の共通点
10年見てきて、「進出しない」という判断ができる経営者には、共通する特徴があります。
- その場の勢いで決めない
- まずは市場をチェックする
- 協力してくれるパートナーがいるかを確認する
- コスト感を計算してから決断する
逆に、「進出しない」を選びにくくなる状況もあります。
- 日本市場が苦しくて焦っている
- 展示会などで好評を得た、一時的な成功体験で勝利を確信して夢を見てしまう
焦りや夢は、決断を急がせます。「引き返せない」状態になる前に、冷静に「進出すべきか」を問える力があるかどうか——これが実は経営者としての強さだと感じます。
まとめ——「進出できるか」より「進出すべきか」を
台湾進出は、選択肢の一つです。「する/しない」の判断から始まるものであって、「する」が前提ではありません。
- 代表者が現地にいられない、リソース依存の業態、個人ハードルを法人でも越えられない——こうした構造では、進出は避けた方が賢明です
- 越境EC、代理店、SNS、出張ベース——進出しなくてもできる選択肢は増えています
- 市場ニーズと自社商品の浸透可能性、この2つを問うだけで、判断は精度が上がります
「進出できるか」より前に、「進出すべきか」を問う。この一段深い判断ができる経営者の方が、結果的に台湾でも日本でも強く生き残っている、というのが10年見てきた実感です。
