「台湾好きです」と話す日本人と、「日本好きです」と話す台湾人。台湾と日本のビジネスに関わっていると、両方の言葉を毎週のように聞きます。
ただ、両方の「好き」の中身をよく聞いていくと、実はほとんど反対を向いている——ということに、通訳やビジネスパートナーとして両側に座る立場にいると、気づかされます。
そしてこの”ズレ”の存在を知らないまま商談を進めると、噛み合わない場面が続いて、案件が静かに止まっていく。今日はそのすれ違いを、両側から書いてみます。
日本人の「台湾好き」は、来てみて気づく緩さ
日本人が「台湾好き」と口にする時、頭に浮かんでいるのはだいたいこういうものです。
- 屋台の親しみやすさ
- 距離感の近さ、フレンドリーさ
- 気楽で少しゆるい空気
- 困った時にイレギュラーに応じてくれる融通の良さ
- ノスタルジー、昭和っぽさ
面白いのは、これらの多くは事前情報として仕入れた台湾像というより、実際に来てみて、接してから気づく類のものだということです。渡航前の想像は「屋台」「タピオカ」「親日国」くらいで、「距離感の近さ」「融通の良さ」といった細部は、現地で人と接するうちにジワジワと分かってくる。
特に旅行で困った時に、通行人が助けてくれたり、店員さんがマニュアルにない裁量で対応してくれたり——そういう”融通の利き方”に助けられた経験を持つ人は多いはずです。日本ではまず起きない体験で、それが台湾の魅力として記憶に残る。「マニュアル通り」より「その場で最短の解を出す」台湾の空気に、日本人はしばしば救われます。
だから日本人にとっての「台湾好き」は、来てから育つ好きです。日本の窮屈さから解放される場所、「日本にはもう無い、いい意味の緩さ」の場所——そういう位置付けが多いように思います。
台湾人の「日本好き」は、渡航前から像がある
一方、台湾人が「日本好き」と口にする時に浮かんでいるのは、真逆に近いものです。
- 商品・サービスの品質の高さ
- 街の清潔さ、電車の時間の正確さ
- 店員の丁寧な対応、細やかな気配り
- ルールが機能している秩序
- 「作り込まれている」ものへの尊敬
こちらは日本人の”来てから気づく好き”とは違って、渡航前から像がはっきりしている好きです。台湾人にとっての日本の魅力は、台湾には無い”緻密さ・秩序”にある。台湾の緩さに時に疲れる自分を、日本の秩序が整えてくれる、という感覚です。
この非対称は、情報量の差から来ている
そもそも、日本と台湾のあいだには互いに対する情報量の大きな差があります。
台湾では、何十年も前から日本のドラマ・バラエティ・アニメ・ゲームが浸透してきました。世代を超えて日本のコンテンツが日常にあり、そこに日本の電化製品や工業製品の信頼性の高さが重なって、「日本人はこういう人たち」というイメージが渡航経験がなくても既に形作られている状態です。そのベースがある上で、近年は気軽に旅行に行けるようになり、旅行ガイドやYouTube、ネットの体験談が加わって、日本像はさらに立体化していきました。”来る前から知っていて、来てさらに確かめる”という順番です。
一方、日本人にとっての台湾情報は、この後半部分——「気軽に旅行に行けるようになってから、ガイドやSNSで広まった」の部分だけしかありません。台湾ドラマや台湾アニメが日本の茶の間に何十年も流れ続けた歴史はなく、台湾製品への信頼という下地もない。だから日本人の「台湾像」は、多くの場合、渡航して現地で肌に触れて初めて像を結ぶ。”来てから知る”という順番です。
この情報量の差が、「渡航前から像がある台湾人」と「来てから育つ日本人」という非対称性の正体です。そしてビジネスの現場では、この情報量の差が別のかたちで効いてきます——台湾側は「日本人はこういう人たちのはず」という期待値を先に持って商談に臨むのに対し、日本側は”はっきりした期待値”を持たずに来る。この状態で摩擦が起きると、失望するのはたいてい台湾側の方です。
プライベートで魅力だったものが、ビジネスでは”欠点”に見えてくる
問題は、この二つの「好き」を、同じ人がビジネスの席に着いた瞬間、逆向きに作用し始めることです。
プライベートで日本人が魅力に感じた台湾のフランクさ・効率主義は、仕事の場面では「ルーズさ」に見えてきます。旅行の時に嬉しかった「その場で最短の解を出す」姿勢が、ビジネスの現場ではこう映ります——
- 順序立てて進めたい提案を、台湾側が”最短ルート”を勝手に判断して手順をスキップする
- 事前の擦り合わせなく、いきなり結論に飛ぶ
- 日本人からすると「勝手に動いていく」「コントロールが効かない」
一方、台湾側から見ると、日本側のやり方は「非効率」に映ります。
- なぜこんなに順番を気にするのか
- なぜ何度も同じような確認を挟むのか
- 台湾なら30分で終わる話に、日本流だと1週間かかる
つまり、プライベートで魅力だった「気楽さ・融通」は、ビジネスの席では「無計画さ」に見え、プライベートで尊敬されていた「丁寧さ」は、ビジネスの席では「もたつき」に見える。同じ性質が、場面が変わると評価が反転する。
生真面目さの誤読——お互いに”意外なだらしなさ”を発見する
もうひとつ、面白い誤読があります。
台湾人は日本人を「生真面目」と信じています。ところが、実務の中では日本人も回答を曖昧にして先延ばしにする場面をよく見かけます。「持ち帰って社内で検討します」「関係部署に確認します」——決断が遅れる時、日本人は無自覚に濁す癖があります。
一方の台湾人は、決断のスピードを重んじる文化です。だから商談の場ではしつこく結論を求めてきます。日本人の”時間をかけて丁寧に検討する”感覚と、台湾人の”生真面目な日本人ならすぐ返してくれるだろう”という期待がぶつかって、「日本人は決められない」と映ってしまう。渡航前から日本人像を作り込んでいる台湾人にとっては、意外な発見です。
逆方向の誤読もあります。日本人は台湾人の”効率の良さ”を評価していたはずですが、いざ発注してみると納期管理が想定より雑で、途中で連絡が途絶えたり、納期に間に合わなかったり、ということがザラにあります。これに対して日本人は「不真面目」と受け取ってしまう。
つまり、お互いにプライベートで魅力に見えていた性質の”裏側”を、ビジネスで発見してしまう構造です。ただ、これはどちらかが特別だらしないという話ではなく、優先順位の置き方が違うだけです。日本人は「プロセスの正しさ」を先に置く、台湾人は「速度と結果」を先に置く。それだけの話。
変わらないもの同士の付き合い方
現実的な話をすると、この温度差を”矯正”して片側に寄せることは、まず起こりません。日本企業は日本流を大きく崩さないし、台湾側も自分たちの効率スタイルを変えません。領域ごとに”どこを残してどこを合わせるか”を判断する話はあるにせよ、根っこの気質は変わらない。
だからこそ有効なのは、「相手の欠点に見えるものは、実は相手が好きな自分たちの美点の裏側だ」と知っておくことです。
- 台湾側の”ルーズさ”は、あなたが最初に惹かれた”融通の良さ”の裏側
- 日本側の”もたつき”は、台湾人パートナーが尊敬している”丁寧さ”の裏側
これを”欠陥”ではなく”仕様”として受け止められると、商談で摩擦が起きた時の解釈も変わります。「不真面目だから納期が遅れた」ではなく、「初動の速度を優先する文化だから、その後の納期に対する重みが違う。だから最初にリマインドの仕組みを組もう」——こういう対処に切り替わっていく。
言葉が通じても文化が違えば伝わらないというのはよく言われますが、「好きの中身のズレ」も、その文化差の一つの現れだと思っています。そしてその裏には、「そもそもの情報量の差」という土台があります。日本人が「台湾人ってこういう人たち」という強い先入観を持たずに商談に入ることは、実はハンデでもあり、同時に現地で見て学ぶ余地でもある。裏を返せば、日本人にとってはここから台湾を”知りに行ける”領域が広く残されている、ということでもあります。
商談が止まっている時、あるいは台湾人パートナーへのイライラが溜まっている時。ちょっとこの視点で振り返ってみるのをお勧めします。

